少年サッカーの判断力は日常で育つ|「自分で考える選手」になる親の関わり方 

少年サッカーの試合で周りを見ながら指差しで味方に伝える選手 親の関わり方・声かけ・見守り方

少年サッカーを見ていると、よく「判断力が大事」と言われます。

いつパスを出すのか。
どこへ動くのか。
ドリブルをするのか。
一度止めるのか。
味方を使うのか。
自分で仕掛けるのか。

サッカーは、ただ足元の技術があればいいわけではありません。

もちろん、止める、蹴る、運ぶといった技術は大切です。
でも、試合の中では、その技術をいつ使うかを自分で決めなければいけません。

うちではサッカーの判断力を、試合や練習だけで育つとは考えていませんでした。

生活の中で、自分で考える。
自分で選ぶ。
失敗したら、なぜそうなったのかを考える。
次はどうすればいいかを考える。

そういう経験が、結果的にサッカーにもつながると思っていました。

サッカーだけをたくさんやらせれば、サッカーが上手くなる。
そう考えたくなる気持ちはあります。

でも、うちでは、サッカー以外の時間も大事にしていました。

子どもが生活の中で何を見て、何を感じて、どう判断しているか。

そこにも、サッカーにつながる土台があると思っていたからです。

先に答えを渡しすぎない

子どもが小さい頃は、親が先に答えを渡した方が早いです。

「それは危ないからやめなさい」
「こっちにしな」
「こうすればいいよ」

親がぜんぶ決めれば、大きな失敗は減るでしょう。

でも、いつも親が先に答えを渡していると、子どもが自分で考える機会が減ってしまいます。

サッカーの試合中は、親が横から全部教えることはできません。

ボールが来る。
相手が寄せてくる。
味方が動く。
スペースが空く。

一瞬で判断しないといけません。

そのときに、自分で考えて決める経験が少ないと、どうしても迷ってしまうと思うんです。

だから、うちでは普段の生活の中でも、できるだけ子どもに考えさせるようにしていました。

もちろん、命に関わることや、大きなケガにつながることは止めます。

それは親として見なければいけません。

でも、少しくらい失敗すること。
少しくらい痛い思いをすること。
うまくいかなくて悔しい思いをすること。

そういう経験まで、親が先回りして取り上げないようにしていました。

転んだら、まず「なぜ転んだのか」を考える

たとえば、子どもが転んで泣いたとき。

もちろん、ケガの状態は見ます。
血が出ていないか。
頭を打っていないか。
大きなケガではないか。

そこは当然、確認します。

でも、少しすりむいたくらいなら、うちはすぐに終わりにはしませんでした。

「痛かったね」
「大丈夫?」

と声をかけたあとで、

「何でこけたんだろう?」
「どこを見てた?」
「次はどうすればいいかな?」

と聞くことがありました。

子どもが転んで泣く。

それは、ある意味、自分の行動の結果です。

これは、冷たく突き放すという意味ではありません。

痛い思いをしたからこそ、次はどうすればいいかを考える。

走る場所が悪かったのか。
足元を見ていなかったのか。
急ぎすぎたのか。
手をつく準備ができていなかったのか。

そうやって、自分の行動と結果をつなげて考えることが大事だと思っています。

親が、

「危ないから走っちゃダメ」
「だから言ったでしょ」
「もうやらないで」

と言って終わらせてしまうと、子どもに残るのは「怒られた」という感覚だけになることがあります。

でも、

「何で転んだんだろう?」
「次はどうしたら転ばないかな?」

と聞くと、子どもは少し考えます。

足が引っかかった。
前を見ていなかった。
急に止まれなかった。
砂ですべった。

答えが正しいかどうかより、まず自分で考えることが大切だと思っています。

痛い経験も、次の判断につながる

子どもにとって、痛い経験は嫌なものです。

転ぶのも嫌です。
ぶつかるのも嫌です。
失敗して泣くのも嫌です。

でも、痛いと分かることも、成長の一つだと思っています。

ここまでスピードを出すと止まれない。
この遊具は手を離すと落ちる。
この高さは少し怖い。
この走り方だと足がもつれる。
相手を見ていないとぶつかる。

こういうことは、言葉だけで伝えるよりも、実際にやってみて、少し失敗して、体で覚えた方がいいと思っています。

それは、サッカーでも同じだと思っています。

相手との距離が近すぎれば取られる。
ボールを見すぎると周りが見えない。
強く蹴りすぎれば味方に合わない。
迷っていると相手に寄せられる。
後ろを確認していないと、ボールを受けた瞬間に奪われる。

こういうことも、成功と失敗を繰り返しながら覚えていく部分があります。

だから、うちは失敗をなくそうとは思っていませんでした。

大事なのは、失敗しないことではなく、失敗したあとに考えること。

「何でそうなったのか」
「次はどうすればいいのか」

この問いかけは、サッカーの練習中だけでなく、普段の生活の中でもしていました。

自分で選び、自分で判断する経験を大切にしていた

判断力は、失敗したときだけ育つものではないと思います。

自分で選ぶこと。
自分で決めること。
自分で動いてみること。

そういう経験の積み重ねも、とても大切です。

うちでは、何でも親が決めるのではなく、できるだけ子どもに選ばせるようにしていました。

もちろん、全部を好き勝手にさせるわけではありません。

でも、子ども自身が関わることなら、できるだけ子どもに決めてもらう。

親がやることではなく、子どもがやることなら、子どもが考える。

そんなことを意識していました。

印象に残っているのが、サッカー選手のサイン会です。

当時、うちの子はまだ低学年でした。

サインをもらえる時間は限られています。
選手もたくさんいます。
並んでいる子もたくさんいました。

そのとき、僕は息子に、

「僕がサインをもらうんじゃなくて、お前がもらうんだから、好きな選手のところへ行ってくればいいよ」

と伝えました。

「誰のところへ行きなさい。」
「次はあの選手に並びなさい。」

そんなことは、一切言いませんでした。

すると、息子は制限時間が終わるまで、一度も戻ってきませんでした。

後で、

「どうしてあの選手のところへ行かなかったの?」

と聞くと、

「あの選手はたくさん並んでいたから、時間がなくなると思ったから。」

と答えました。

誰かに言われたわけではありません。

周りを見て、自分で考え、自分で判断して行動した結果でした。

そのサイン会では、高学年の子でも、サインを一つもらうたびに親のところへ戻ってきて、

「次、誰のをもらう?」

と聞いている子もいました。

親も、

「次は〇〇選手のところへ行きなさい。」

と答えていました。

もちろん、それが悪いということではありません。

親子で相談しながら楽しむのも、一つの形だと思います。

でも、うちでは、そこも子どもに任せていました。

誰のサインがほしいのか。
どこに並べば時間内に多く回れそうなのか。
次はどこへ行くのか。

それを決めるのは、親ではなく本人です。

息子は、ただ好きな選手のところへ行っただけではありませんでした。

並んでいる人数を見る。
残り時間を考える。
少ない列を選ぶ。

そして、自分で動く。

低学年なりに、状況を見ながら判断していました。

これはサッカーのプレーではありません。

でも、限られた時間の中で周りを見て、自分で考え、自分で判断し、自分で行動するという経験は、サッカーにもつながっていたと思います。

だから、うちでは小さなことでも、できるだけ子ども自身に選ばせるようにしていました。

生活の判断は、サッカーの判断にもつながる

サッカーの試合中、子どもは何度も判断します。

今、前に行けるのか。
味方に出した方がいいのか。
相手が来ているのか。
後ろに戻した方がいいのか。
空いている場所はどこか。
どこへ動けばパスを受けられるのか。

こういう判断は、急に試合の中だけでできるようになるものではないと思っています。

普段から、自分で見て、自分で考えて、自分で決める経験があるか。

そこが大事だと思っていました。

生活の中で、いつも親が先に決める。
失敗しそうなことは、ぜんぶ止める。
危なそうなことは、とりあえず避ける。

そうしていると、子どもは安全かもしれません。

でも、自分で判断する経験は減ります。

反対に、生活の中で小さな判断を積み重ねている子は、サッカーでも自分で考えようとします。

もちろん、すぐに正しい判断ができるわけではありません。

失敗もします。
間違えることもあります。
あとから「違ったな」と思うこともあります。

でも、その経験があるから、次に考えられるのだと思います。

うちが大事にしていたのは「考える余白」

サッカーが上手くなるためには、練習も必要です。

ボールに触る時間も必要です。
基礎技術も必要です。
チーム練習も大事です。

でも、練習だけで子どもの判断力が育つとは思っていませんでした。

普段の生活の中で、

自分で選ぶ。
自分で動く。
失敗する。
痛いと分かる。
次はどうするか考える。

そういう経験があるから、サッカーの中でも自分で考えられるようになると思っていました。

だから、うちでは、子どもの生活をサッカーだけで埋めるのではなく、いろいろな経験をさせました。

サッカー以外の遊び。
友だちとの時間。
家族で出かける時間。
興味を持ったことに取り組む時間。

そういう時間の中にも、考える力や判断する力は育つと思っています。

サッカーのためにサッカーだけをさせる。

それも一つの考え方かもしれません。

でも、うちは、サッカー以外の時間も含めて、子どものサッカーの能力が育っていくと考えていました。

まとめ:判断力は、生活の中でも育つ

少年サッカーで大事な判断力。

それは、グラウンドの中だけで育つものではないと思っています。

転んだときに、なぜ転んだのかを考える。
失敗したときに、次はどうすればいいかを考える。
自分がやることは、自分で選ぶ。
限られた時間の中で、周りを見て動く。
親に聞く前に、自分で判断してみる。

こういう生活の中の小さな経験が、サッカーにもつながったと思っています。

大きな危険は避けます。
親として守るところは守ります。

でも、少しくらい転ぶこと。
痛い思いをすること。
思い通りにいかないこと。
自分で選んで失敗すること。

そういう経験まで、ぜんぶ取り上げないようにしていました。

子どもが自分で考える。
自分で決める。
自分で動く。
そして、結果からまた考える。

その積み重ねが、サッカーの中での判断にもつながっていった。

うちは、そう考えています。

試合や練習の中だけでは育たない力があると考えています。

だからこそ、生活の中で「自分で考える経験」を大事にすることも、少年サッカーを長く続けるうえで大切な親の関わり方だと思っています。